米朝会談が行われる直前の2019年10月2日に北朝鮮が、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を発射しました。
今回発射されたのは、新型の北極星3型とみられ、飛行距離は数百キロ程度であったものの、通常より高い角度で打ち上げるロフテッド軌道で発射したもので、通常軌道であれば2500キロ程度飛行するものとみられています。
この北朝鮮の発射したSLBMとはそもそもどんなものなのでしょう、日本に脅威はあるのでしょうか。
SLBMとは
SLBMとは submarine-launched ballistic missileの略で、潜水艦発射弾道ミサイルと呼ばれます。
潜水艦から発射される弾道ミサイルで、そもそも潜水艦は海中を航行し、発見されにくいことから海の忍者とも呼ばれ
こっそり敵の領海近くにまで忍び寄って、海中からいきなり弾道ミサイルを発射することも出来る事から、相手国にとってはやっかいな兵器になります。
旧ソ連時代、ソ連は相対的におとっている核戦力を補うために弾道ミサイルを搭載したY(ヤンキー)クラスの原子力弾道ミサイル潜水艦(SSBN)を米国西海岸近くにまで進出させ、にらみを利かせていたことは専門家の間では有名な話です。
なおその後ソ連は射程の長いSLBMを開発し、D(デルタ)クラスの原潜に搭載し、オホーツク海で哨戒を行うようになっています。
現在SLBMを開発保有しているのは北朝鮮以外では
・米国
・ロシア
・中国
・イギリス
・フランス
・インド
であり、いずれも核兵器保有国と重なっています。
因みに弾道ミサイルを搭載している原子力潜水艦を
原子力弾道ミサイル潜水艦(SSBN)と呼びますが
(Nはnuclear:原子力の略)
通常型潜水艦に弾道ミサイルを搭載している場合は
弾道ミサイル潜水艦(SSB)となります。
北朝鮮の発射した北極星3号(SLBM)とは
今回北朝鮮が発射したのは北極星3号と呼ばれる潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)です。
北極星3号は北極星3号の改良型とみられ、詳しい性能は分かっていませんが
射程は2500km程度
今回の観測では発射後、弾頭が2つに分離したということで、多弾頭化が行われていて
水中の潜水艦から発射することが出来、隠密性に優れています。
また、北極星型のミサイルは固定燃料ですから
液体燃料型のミサイルのように発射直前に燃料を注入する必要は無く
(液体燃料はミサイル本体の中で長期保存が出来ないので、直前に注入する必要があり、燃料注入にはそれなりの時間がかかる)
潜水艦から発射せず、陸上から発射した場合にも、即応性や隠密性に優れています。
今回の発射ではロフテッド軌道で発射され、実際の射程は2500kmほどあると推定されていますから、北朝鮮の陸上から発射した場合にも、日本全土を射程に収めることになります。
今回の発射は実際に潜水艦から発射されたのか
今回の北極星3号の発射は実際の潜水艦から発射されたものではなく、海中の固定発射台から発射されたとの見方が大方を占めています。
私も、海中の固定台から発射されたものとみています。
理由としては
その1
まずは、ミサイルを完成させて安全性が確認されてから、実際の潜水艦などのプラットフォームから発射するのが普通
その2
北朝鮮の潜水艦建造能力や運用能力は低く、いきなり潜水艦から試験用のミサイルを発射する可能性は低い
その3
写真で見るとおりすぐ目の前に停船した曳船が控えており、写真撮影だけのために、発射地点のすぐ目の前にいるとは考えられない
潜水艦はいうなれば周りが全く見えない水中からミサイルを発射するわけですから、水上船舶の真下や、近すぎる位置で発射してしまうと、船を撃沈してしまうばかりでなく、発射実験自体が失敗になります。
おそらく写真に見える曳船がミサイル(とその発射台)を曳航してきて静めた後、ミサイルを発射したものと考えるのが自然です。
米国といえどもこんなすぐ近く(数十メートル)の位置から潜水艦からミサイルを発射することは不可能でしょう。
北朝鮮の潜水艦は、太平洋や米国西海岸まで行けるのか
SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)が出来たということは、潜水艦をアメリカ西海岸まで進出させ、そこから弾道ミサイルを発射出来るのでICBMが完成したのと同じようなもの
あるいは、房総沖あたりからいきなりミサイルを撃ち込まれたら、自衛隊は対応困難になるのではないか
という疑問を持つ人もいるようですが
現実的にはまず不可能であると考えられます。
まずは海上自衛隊の対潜能力を考えると、北朝鮮の潜水艦が探知されずに日本海や東シナ海を出て太平洋側にでてくることはまずあり得ないこと
というのは北朝鮮の保有している大型の潜水艦は昔のソ連が開発したR(ロメオ)クラスの潜水艦を改修した物です。
ロメオクラスの潜水艦はソ連が1950年代から1980年代(60年~30年前)に建造、運用していた骨董品レベルの潜水艦で
現在各国が使用している潜水艦の数世代前の潜水艦ということになり
北朝鮮が改造したといっても、北朝鮮の工業レベルや、大型潜水艦を外洋で運用しているという実績がほとんど無いであろうことを考えると
海自の対潜哨戒網を突破して太平洋側にでてくることはまず無理でしょうし
在来型の潜水艦ですから、毎日何回か、シュノーケルを海面上に上げて充電を行う必要もあり
これまで外洋に出てきたという実績も皆無のようですから、乗員の経験や、潜水艦の信頼性なども含めて
本国から遠く離れた外洋での運用は困難だと考えられます。
ですから、今回発射したSLBMが仮に数年後に実戦配備されたとしても
北朝鮮の港を出たすぐ近くあたりで潜没し、海中に潜んでいて有事にはミサイルを発射するという使い方をするのでしょう。
それでも、海中に潜没していれば、先制攻撃、空襲などによって破壊されることはありませんので生存性に関していえば、陸上基地のミサイルよりも格段に向上することになります。
北朝鮮としても、旧式の潜水艦を使用して、太平洋彼方の米国本土に接近して核攻撃するというよりも、取り敢えずは中距離弾道ミサイルを手始めとして開発し
さらに米国を直接攻撃出来る潜水艦発射の長距離弾道ミサイルを、開発することを目指している可能性はあると思います。
また、潜水艦発射ということでどこからミサイルを撃ってくるか予測しがたいから迎撃が困難になるという点に関しても、北朝鮮の潜水艦の行動能力からして、港のすぐそばあたりまでしか行動出来ないでしょうから
ピンポイントでは分からないかもしれませんが、おおよその発射場所は特定出来ると思います。
となれば、山奥のトンネルなどに秘匿してあるミサイルを、突然、引っ張り出してこられた場合と、それほど大きな違いは無いと思います。
(日本海の沖まで潜水艦がでてくれば日米の対潜網に引っかかる)
まとめ
今回北朝鮮が発射した北極星3号(SLBM)は、北朝鮮の保有する潜水艦の能力からして
ことさら新たな脅威となるものではありませんが、港外に潜んでいる潜水艦は、空襲等に対する生存生が高く
陸上のミサイルがことごとく空襲などによって破壊されても生き残る可能性があります。
また、今後、北極星タイプの射程が延伸して1万km以上になれば米本土を脅かす存在にもなり得ます。
また、固定燃料であることを考えれば、陸上発射型ミサイルとしても、即時に発射することが出来る事から、ノドンのような液体燃料ミサイルより脅威は増す事になります。
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