6月15日、河野太郎防衛大臣は突然陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の配備計画のプロセス停止を発表し、またその後25日には配備計画の撤回が発表されました。
停止の理由としては、発射後、ブースターの残骸を安全な場所に落下させる為の改修に多額の費用と期間がかかるからとしています。
しかし、一見もっともそうなブースターの残骸の処理が困難だから、イージスアショアの計画自体を取りやめてしまうというのは、軍事的整合性から見て、どうも合点がいかないと感じる人は多いのではないかと思います。
そこで停止したのには、もっと他の理由があるのではないのか、という観点から検討してみたいと思います。
イージスアショア
イージスアショアはなぜ必要なのか
そもそも論としてなぜイージス・アショアの配備が必要だったのかという点について振り返ってみると
・イージス艦の負担が重い
ミサイル騒ぎがおきる度に、イージス艦は日本海に展開して、弾道ミサイル対処に従事する必要があります。
イージス艦は、弾道ミサイル対処が出来ると言っても、その為だけに存在するわけではなく、海上自衛隊の艦隊の防空の為に必要な艦艇です。
海自の任務は何も弾道ミサイル対処だけではなく、中東から日本にいたるシーレーン防衛や、尖閣など、東シナ海における警戒監視など、様々な任務があります。
1年365日、常時2隻のイージス艦をずっと日本海に貼り付けておく訳にもいかず、あるいはミサイル騒ぎが長引けば、他の任務に支障が出てくる可能性もあります。
・不意打ちをされたときの対処が可能
イージス艦の場合は、実際に弾道ミサイルを発射される前に、日本海のそれなりの位置に進出する必要がありますから、いきなり撃たれたという時には対処ができません
一方、イージス・アショアは陸上の定点に配備されていて、1年365日、24時間態勢で警戒に当たっているわけですから、事前に兆候がなく、いきなり弾道ミサイルが飛んできたときにも対応は可能です。
・弾道ミサイル対象は重層的に対応した方が迎撃確率は上がる
イージス艦が配備されている場合でも、確実に100%迎撃できるとは限りませんから、
イージス艦で撃ち漏らした場合でも、イージス・アショアで迎撃できれば、それだけ確実に迎撃できる確率は向上します。
さらに撃ち漏らした場合はPAC-3という説明がされていますが、PAC-3は射程が短く、拠点防衛にしか使えませんから、実際は日本全土の防衛には力不足です。
ブースターがイージス・アショア配備の停止の理由とは考えられない
北朝鮮は30~40発の核弾頭を保有していると推定されており、テポドンなどを別にしても、日本を攻撃可能な弾道ミサイル「ノドン」「スカッドER」などを400発程度保有していると考えられています。
仮に北朝鮮からの弾道ミサイルのうち核弾頭が搭載されたものが1発でも東京近辺に着弾すれば100万人単位の死傷者が出ることが予想されます。
現状、イージス艦だけで、北朝鮮の弾道ミサイルを完璧に迎撃することは不可能ですし
仮に計算上100%迎撃できたとしても、不測の事態を想定して、安全のためにイージス・アショアを配備する必要性はあるはずです。
それなのに、ブースターの残骸(燃料を使い終わった後のものですから、いうなればからのドラム缶のようなもの)を理由に、イージス・アショアの配備そのものを停止するというのはちょっと理屈に合いません
必要なものであれば、ミサイルの発射台だけ海岸近くに移動させるとか、付近に人家のない別の場所に移動させる
あるいは、山口県や秋田県との関係がこじれているのであれば別の県に移動させることも可能なはずです。
それなのに、そういう検討も無しにいきなり停止と言うことは何らかの別の事情があったか、イージス・アショアに変わる別の対処手段に切り替えたなどの理由がなければ、理屈に合いません。
また、購入先である米国からも特にリアクションがないことも腑に落ちません
米国からすれば、高額の兵器の輸出、あるいは米国の安全保障にも大きな影響のある内容ですから、ほとんど反応が無いということは、、そもそも、米国も了承済みということでしょう。
北朝鮮の弾道ミサイルは打ち落とせるの、迎撃システムはどうなっているの
イージス・アショア計画を停止した本当の理由を予測してみる
イージス・アショアという日本の防衛の根幹に関わる計画ですから、なぜ停止したかなんてのは機密事項なのでしょうが、考えられる範囲でその理由を考察してみます。
イージス・アショアの迎撃能力に疑念が出た
北朝鮮は通常の弾道ミサイル(放物線を描いて飛んでくる)だけでなく、最近は途中で軌道を変えたり、高高度から速度を上げて高速で落下してくるロフテッド軌道の事件などを繰り返しており
技術を中国やロシアなどから導入している可能性が噂されています。
これらのことから、イージスアショアのシステムでは、これらの新型のミサイルには対応困難なことからイージスアショアそのものの配備を撤回して、新たなシステムの配備を目指すのかも知れません。
とはいうものの、放物線を描いて飛んでくる通常弾頭の迎撃には有効なわけですし、数年のうちにイージス・アショアに代わる新たな迎撃システムが出来るのだろうかと考えると、いささか違和感を感じるのは私だけでは無いと思います。
2020.2追記
その後、極超音速弾道ミサイル、特に低軌道を飛行し飛行経路が変則的に変化する新しいミサイルに対して、既存の迎撃システムでは迎撃困難という状況が発生しています。
レーザー砲の実用化に目処が付いた
イージス・アショアから打ち出されるSM-3ミサイルは一発が数十億もする代物です。
現時点で日本が保有しているSM-3は数十発程度
一方北朝鮮が保有している弾道ミサイルは数百発と言われていますから、これらのミサイル全部に対応するためには、更に数百発のSM-3を購入する必要があり、費用対効果を考えるとかなりの負担になります。
もちろん、核ミサイルを撃ち込まれたときのリスクを考えれば、お金の問題ではありませんが、いつ飛んでくるかも分からない弾道ミサイルのために、迎撃ミサイルを多数揃えるだけで莫大な予算を浪費するのも考え物です。
一方、今年の5月16日にドック揚陸艦「ポートランド」に試験搭載されていた海軍研究局(ONR)のレーザー兵器システム実証試験機「LWSD Mk2 Mod0」がドローンに対する試射を行い、撃墜に成功したことを米太平洋艦隊が発表しています。
レーザー砲であれば、電力さえ供給できれば、何回でも目標を攻撃出来ますから、費用対効果の面では非常に効率的です。
といっても、現時点で破壊できるのはミサイルのシーカーやドローン程度のもので、もっと重量のある慣性で飛行する弾頭を撃墜する為にはもっと高出力を出す必要がありますし
弾道ミサイルのような宇宙空間になるものを、どのようにして照準するのか、あるいは地上からのレーザー砲の攻撃で弾道ミサイルを迎撃できるものなのか
などと考えると、まだまだ未来の兵器ではないかと考えられ、イージス・アショアの代替になるのか疑問です。
あるいは、私の想像を超えて、レーザー砲の実用化が急激に進んでいて、
まあ、そういう事であれば河野大臣が、新兵器(レーザー砲)による迎撃の目処が立ったなんて公表できるわけがありませんから「ブースターの残骸ガ-」でごまかしたのかもしれません。
レールガンの実用化に目処が付いた
レールガン(電磁加速砲)もレーザー砲と同じように、実用化されれば弾道ミサイル防御に効果的です。
防衛省でも研究が進められており、現状、米海軍が開発を進めているレールガンは、1分間に10発を発射することができ、時速約7240キロの速度で射程は約200キロとされ
対地・対艦・対空すべてに活用でき、弾道ミサイル防衛でも中心的役割を担うことが期待されています。
敵基地攻撃能力の確保
イージス・アショアの配備撤回にともない、敵基地攻撃能力の獲得についても言及されることが良くありますが
北朝鮮の弾道ミサイルのほとんどは地下トンネルなどの中に隠蔽されており
米軍ですら、有事には米空母、強襲揚陸艦を総動員して、北朝鮮上空を常時、戦闘爆撃機が飛行して、ミサイル発射の兆候が出次第攻撃、のような作戦をとらざるを得ないことが予想されます。
米国の北朝鮮先制攻撃はあるのか、あるとすればどのような形になるのか
自衛隊に、地上攻撃用の巡航ミサイルを配備したり、空自の戦闘機に爆撃機能を装備した程度では、イージス・アショアの代替にはならないでしょうし、地上攻撃の多くは米軍に期待するところですから
取って付けた理由、あるいは敵地攻撃能力を自衛隊に付与するための口実にも感じられます。
もっとも、これを口実に
陸自の定員を15万人から11万人に削減し、その分を海空に付け替え
海自4.5万人→6.5万人
空自4.7万人→6.5万人
程度に編成替えを行うというのであれば、イージス艦の数を増やすとか、敵地攻撃能力(戦闘爆撃機を増強する)という話にもつじつまが合ってきます。
とはいうものの、この話も、そんな大胆なことが今の政治家に出来るの
陸自からの反発はどうするの
というような下世話な疑問がわいてきます。
まとめ
今回のイージス・アショア配備の撤回は、ブースターの落下問題とはとても考えられません
また政治的思惑から、河野防衛大臣が単独で思いついた施策と考えるのも無理があります。
米国を含む、防衛計画を検討する中枢部において、イージス・アショアの限界や、新たな兵器への目処などを勘案して撤回という判断にいたったのではないかと想像します。
現時点では何も分かりませんが数年後にその答えが判明する事になるのでしょう。
逆に、数年経っても何も起きなかったら、いったいアレは何だったんだろう、日本のミサイル防衛はどうなるんだろうという話になります。
2022.2追記
2021年に行われた自民党の総裁選で、河野さんはどうやら親中派議員ではないかという話がネット界隈では話題になりました(同族企業が中国からずいぶん恩恵を受けているなど)
もしかして中国の意向を忖度してなのではないかという疑惑も出てきましたが、その後の新型弾道ミサイル(極超音速、低軌道、コースが変化する)などの出現から既存の迎撃システムでは対処が困難という状況も生まれてきました。
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