日本はかって堅持していた「武器輸出三原則」を緩和。2014年に新たに「防衛装備移転三原則」を制定し、自衛隊機として開発された航空機の輸出解禁に踏み切りました。
この結果海上自衛隊に配備されている川﨑重工業のP-1哨戒機の海外輸出が取りざたされており
これまでいくつか、候補に登ったものの現時点(2018.6)では、海外への輸出の話はまだ実現していません。
そこでこれまでのP-1の海外輸出に関する経緯や、今後の展望について逐次アップしていきたいと思います。
P-1哨戒機輸出に関するこれまでの経緯
イギリスへの売り込み
イギリスが使用していた哨戒機BAEニムロッドは初飛行が1967年というかなり古くなった機種で2011年に全機退役となり
その後イギリスでは、海上哨戒機が不在という事態が続いていました。
この後継機の候補として海自が使用している川﨑P-1が候補に上がり
2015年にはイギリスのエアフォード空軍基地で開催される「ロイヤル・インターナショナル・エア・タトゥー(RIAT)」に第51航空隊の所属機2機(機体番号 5504と5507)が参加しています。
しかし、イギリスは最終的には米海軍が使用しているボーイングのP-8を選定、P-1は選ばれませんでした。
常識的にはP-1の性能がどうのこうのというよりも、これまでの米英の関係や、ニムロッド退役後のブランクが長く搭乗員の養成などを考えれば、イギリスがP-8を選ぶのもやむを得ない結果だったと思います。
ニムロッド(ウイキより)
ニュージーランドへの売り込み
ニュージーランド空軍では海洋哨戒機としてP-3Cの派生機であるP-3Kを運用していましたが
旧式化により、新型の哨戒機の導入を検討していました。
最終的に2025年を目処にP-8Aを導入する計画と伝えられています。
当初はニュージーランドへのP-1輸出が期待されましたが、ニュージーランドがP-3の搭乗員の養成を委託している、オーストラリアがP-8の導入を決めていたことから、実際問題として、P-1を導入することは搭乗員の養成の観点から見てもハードルが高く、勝ち目は最初からなかったものと思います。
P-8(ウイキより)
NATOの時期海上哨戒機の多国籍開発競争にカナダとポーランドが参加
カナダとポーランドは、2018年2月15日に海上哨戒機の老朽化を解決するための多国間の共同開発に参加することに合意しました。
この共同開発にはフランス、ドイツ、ギリシャ、イタリア、スペイン、トルコが参加しており
これらの国が保有する海上哨戒機の大部分が2025年から2035年までに運用期間が終了する予定
この時点ではスエーデンのSaab社のSwordfish MPAなどが取りざたされています。
Saab社のSwordfish MPA(サーブ社HP)
なお2017年に始まったこの分野における将来海上哨戒機の共通要仕様要求は、2018年までに定められる計画です。
ドイツフランスへの売り込み
2017年6月にフランスのパリで開催されたパリ航空ショーに海自51空のP-1哨戒機1機(もう1機はトラブルのためジプチ基地までしか進出せず)が参加しフランスのマクロン大統領がP-1を視察しています。
また2018.4にドイツのベルリンで開催されたILAベルリン・エアショー 2018に同じく海自51空のP-1哨戒機2機が参加しドイツ高官などにP-1をアピール
P-1哨戒機
ドイツは8機のP-3C運用中
フランスは国産のアトランティックを22機、運用中ですがアトランティックの後継機の開発は断念しています。
NATOではイギリスとノルウェーが米国のP-8の導入を決めています。
しかしフランスとドイツは米国の哨戒機を丸ごと導入する事には抵抗があるようです。
一つはP-8の母体が米ボーイング737ですが、そのライバル機であるエアバスA320シリーズはフランスとドイツが共同出資している会社ですから、軍が、ライバル会社の機体を使う事が、国民目線的にちょっといかがなものかという「忖度」が働く可能性があります。
その点フランスはアトランティックを国産していますから、仮に機体は日本のP-1を使用したとしても電子機器などにはそれまで使っていたフランスの会社の開発した電子機器を装備することも可能ですし
おそらく搭載する電子機器の操作体系や整備関連についても、これまで慣れている搭乗員の操作体系や整備方法などが、それなりに踏襲されるであろうことから
運用者や整備員の技術や技能の伝承、製造会社の技術や技術者の維持にも貢献する事になります。
ドイツはかってアトランティックを運用していましたし、イタリアも運用していますから、違和感は少ないでしょう。
アトランティック哨戒機(イタリア空軍:ウイキより)
フランス、ドイツはP-1を採用するか
フランス、ドイツがP-1採用するメリット
専用の機体なので性能はピカイチ
現在の所候補に上がっている機体は、民間機の改造などばかりですから、低高度哨戒が可能なように最初から開発されているP-1は機体の性能の面では圧倒的に優れていると思います。
P-1が4発エンジンであることに批判の矛先を向ける人がいますが、P-1は専用のエンジン4発であるからこそ、超低空の100m以下の高度でも長時間の飛行が可能です。
2発が標準である民間機改造機種ではなしえない性能です。
因みに米海軍P-8は2000ft(600m)以下での運用は行わないという風に聞いています。
P-8は無人機(UAV)の使用を前提にしている
P-8は自分が飛行出来ない低高度、あるいは広域の哨戒に無人機(UAV)(MQ-4Cトライトン)を使用することを前提にしているため、トータル的な運用費用が高額になる上に、民間航空機の飛行密度が高いヨーロッパでの無人機の使用には制約があり適切な運用が出来るのか不透明な部分があります。
一方P-1はP-3Cの発展型とも言え、単機での使用を前提としているため、これまでの運用方法を踏襲出来るほか、運用費用もこれまでと同レベルに抑えられる可能性があります。
MQ-4Cトライトン
P-8はボーイングの機体を使用している
前の方でも説明したとおりP-8がエアバスのライバルのボーイングの機体であることや
P-8にすれば、機内の電子機器も米国製になる可能性が高く、フランスやドイツの電子機器メーカーの仕事が少なくなる。
一方P-1(日本)は機体のみの活用を提案しているため、フランス製やドイツ製の電子機器を内装する事が可能。
ボーイング737
開発費用が低減出来る
海上哨戒機は民間機改造が一般的という主張をされる人がいますが、絶賛大ベストセラーになったP-3が、たまたま民間機改造であっただけで、その前の機種のP-2は民間機改造でない、元々の軍用機ですし、フランスのアトランティックも専用機です。
民間機改造もあれば、専用機もあります。
米海軍のP-8は民間機を改造していますが、莫大な開発費用がかかっています。
そもそも民間旅客機は、飛行場と飛行場の間をほぼ一直線に真っ直ぐ飛ぶだけです。
飛行高度も1万メートルほど
一方、海上哨戒機は、基地と海域の間を行き来する間には1万メートルの高度を飛ぶこともあるでしょうが、哨戒中は100m~3000mくらいの間を様々な戦術行動をとりながら飛行します。
民間機の飛行特性が必ずしも海上哨戒機の任務に適している訳ではありません。
P-8の開発費の高騰もその辺りに原因があるのかもしれません。
あるサイトのコメントでは、本来4発機が海上哨戒機の飛行プロファイルに適しているのに、無理矢理2発の民間機を当てはめようとするために、逆に改造費用がかかったという意見もありました。
それは別としても、民間機の客席を取っ払って、電子機器をただ搭載すれば海上哨戒機のできあがりとならないのは私みたいな素人でも想像がつきます。
P-1であれば、もともと海上哨戒機ですから、民間機を海上哨戒機に改造するためのコストのようなものはかかりませんし、電子機器の搭載方法などの検討は必要ですが、機体はほぼそのまま使用することが出来、開発コストはかなり抑えられるものと考えます。
超低空を飛行するP-1
フランス、ドイツがP-1を採用するデメリット
知名度がなく、遠く離れた極東の国の飛行機
日本のハイテク工業製品が、世界を席巻し、世界中に日本の自動車が走っています。
しかし、なんというか、私のひがみかもしれませんが、日本の先端技術に対する、なんとなく馬鹿にしているというか、アジアの遅れた国の製品という潜在意識がヨーロッパ人の中にあるような気がするのは考えすぎでしょうか
例えば、人工衛星の打ち上げ実績
米露を別にすれば、最近中国に抜かれたというものの、日本は世界4位の人工衛星打ち上げ国です。
海軍力比較でも、原潜や核戦力などもあるかもしれませんが、艦艇数などが海上自衛隊の半分程度しかないイギリスの方が上にカウントされます。
これまで輸出の実績のなかった日本製の武器に対して
「本当に使えるの?」
みたいな偏見はあるように思えます。
また、偏見はなかったとしても
「やはり実績ある米国性だよね」→フランスではこれはないかも(^^)/
というような潜在意識があるように感じます。
エアバスA300neo
やはり自国産業優先
フランス、ドイツにはエアバス社がありますし、自国で開発出来ないこともない
オーストラリアへの潜水艦選定時のように、軍事的合理性よりも、政治的、経済的合理性の方が優先される可能性もあります。
やはり日本は遠い
仮に、P-1を採用した場合に、パイロットの養成はどうするか
取り敢えずは最初は日本で訓練?
整備用の部品はどうする
となると日本は遠いよねという判断が入ると思います。
P-1の輸出の見込み
フランスドイツへのP-1の輸出がうまくいかなかったとしても、高性能の海上哨戒機は実質的に米国のP-8か日本のP-1しかありません
しかも、P-8は無人機(UAV)を同時に自用することを想定しています。
インドがP-8を調達した金額とP-1の調達価格を比べると2倍近い差があり
しかも無人機(1機100億程度)が必要となれば、よほどの金満国家でなければ運用は難しいでしょう。
それよりは価格も安くて、単機で運用出来るお手軽?なP-1の方が使い勝手も良く、必要とする国も今後出てくる可能性はおおいにあります。
現にタイや、UAEなども興味を示しているという話もあります。
P-1輸出にまつわるよもやま話
P-1のF-7エンジン
P-1のエンジンはなぜ4発なのか
まことしやかに、IHIのF7エンジンを採用するために無理矢理4発仕様にしたとしたり顔で解説する人がいるのですが
そもそも元々の要求が4発エンジンです。
海上哨戒機は基地から遠く離れた洋上を低空飛行しますから2発エンジンでは不安がある
1発故障すれば、残りの1発だけで長距離を飛行して基地に帰投しなければなりません。
あるいは高度100mで1発止まるとどうなるか
2発の飛行機なら50%の推力低下です。
4発なら25%の低下
こういうと民間機は2発という話をする人がいるのですが
離陸上昇中はマックスパワーを出していますから1発でも上昇出来る推力がエンジンにはあります。
また巡航高度は1万メートルほどですから、仮に突然エンジンが1発停止して1000m程高度をロスしてもどうということはありません
でも100mの高度を飛行中に高度をロス出来ますかって話ですよね。
海上自衛隊がこれまで使っていたP-2JやP-3Cも4発です。
イギリスが使っていたニムロッドも4発
P-3C
フランスが開発したアトランティックは2発ですが
アトランティックを使用していたオランダは早々に3機を事故で失いアトランティックを諦めP-3Cに更新
ドイツとパキスタンも結局後にP-3Cを導入しています。
因みにドイツはアトランティックを低高度に降りる必要の無い電子戦機に改造して使用中
アトランティックは全部で115機生産され、うち9機が事故で失われています。
また、現用のアトランティック2の後継機として「エンジンを換装」したアトランティック3が計画されましたが結局開発は中止になっています。
(アトランティックの事故が多いのは2発が原因かどうかは不明です)
そもそも、米国のP-8も無理矢理2発の民間機を改造しようとして、莫大な予算を使っています。
しかも結局低高度では運用せず高度600m(2000ft)以上で運用することになり
魚雷に羽を付けて誘導する方式をとるなど、対潜戦に画期的な新概念を持ち込み対潜戦の概念をひっくり返したのか、それともずっこけたのか今のところ何とも言えない状況です。
P-8から投下する羽のついた魚雷(USN HP)
アトランティック
ニムロッド
海自P-2J(プロペラエンジンの外側に補助のジェットエンジンがついています)
IHIのF-7エンジンを外国製にすれば売れるのか
IHIのF-7エンジンは信頼性が低いから売れにくいので、ロールスロイスなどの欧州製のエンジンに付け替えれば売れる、という人がいるんですが
輸送機や、民間機なら比較的簡単にエンジンを付け替えれるかもしれませんが、複雑な飛行プロファイルを飛行する海上哨戒機のエンジンがそう簡単に別のものと交換出来るとは素人の私が考えても??です。
そもそもP-1に適したエンジン出力で、低高度を飛行しても大丈夫な塩害対策を施してあるエンジンがないからF-7エンジンをわざわざ開発した訳で、既存のエンジンの中で取り付けられそうなエンジンはないはずです。
最初からの開発であれば相当の期間がかかりますし、そもそもそのエンジンに実績はないですから、ほんとうに大丈夫なのという話になります。
まとめ
P-1の海外輸出を頭から無理だとする人もいますが、これまで武器輸出をしてこなかった日本が武器をはじめて売り始める訳ですからそう簡単にはいきません。
また、武器輸出には、軍事的観点、経済的観点、政治的観点、国家間の関係、その他ロジ的な問題も複雑に絡み合ってきます。
更に日本製の武器といってもこれまでの実績もなく、知名度もありません
因みにフォークランド紛争でアルゼンチン軍がエグゾセミサイルでイギリスの艦船を撃沈したことで一躍有名になり、値段が跳ね上がったとか
P-1は米国のP-8に比較して価格、性能、単機で使用が可能など使い勝手の面からも導入したいという国が現れる可能性はあり
今後の「売れ行き」の推移を楽しみに見守りたいと思います。
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